2020年12月04日 配信

左から松本教育長、木澤選手の母・聡子さん、木澤選手、松戸徹市長

12/4(金)ヤクルト・ドラ1位指名・二宮小、二宮中出身の木澤選手が市長を訪問

野球を始めたのは「田喜野井ファイターズ」で

 船橋市で育った木澤尚文(きざわなおふみ)選手がヤクルトスワローズから1位指名を受け、その喜びと開幕への意気込みを伝えるため、12月3日、船橋市長と教育長を表敬訪問した。

 木澤選手は1988(平成10)年4月25日生まれ、22歳。身長183センチ、体重85キロ。右投げ右打ちで、最速155キロの剛腕を武器とする。

 木澤選手が二宮小2年生の頃、友達に誘われて軟式少年野球チーム「田喜野井ファイターズ」に入団。才能を開花させてエースになり、6年生のときには千葉ロッテマリーンズジュニアとして日本一を争う「NPB12球団ジュニアトーナメント」にも参加し、優勝を果たしている。小学校卒業時に身長176センチと、恵まれた体格だったという。

 二宮中時代には硬式野球チーム「八千代中央シニア」に所属し、全国大会も制している。その後は「東京六大学でプレーをしたい」という思いから、慶應義塾高校(神奈川県)へ進学。寮生活を送っていた木澤さんには、毎年夏になると「船橋のなし」が母・聡子さんから箱で届いていたという。

 「船橋の梨は本当においしい。水分が多くてみずみずしい」と船橋のPRも忘れなかった木澤さん。聡子さんは、これから新たな寮生活が始まる木澤選手に「これからも毎年、船橋の梨を送ります」と宣言した。

 船橋での学童野球について市長に聞かれると「学童のころのことは今でも一番覚えている。今も連絡を取り合うようなメンバーもいます」と話し、船橋はチーム数も多く、野球のレベルも高かったため貴重な体験ができたとも振り返った。

 木澤選手は1位指名を受けた時のことについて「1位指名を受けて、驚いた。大卒の1位指名ということで、期待されていることも分かりますので、まずは1軍の開幕ローテーションに入ることに集中して、キャンプを過ごしていきたいと思います」と意気込みを話した。

 「子どもたちにメッセージはありますか?」と松戸徹市長が尋ねると、「諦めたりいろいろあっても本当になりたいと思っていれば、努力を続けることだってできる。やはりプロに選ばれる人間は、努力する人間であることが最低条件だと思う。努力することにおいても、『なりたい』と思う気持ちがすべての原動力だと思う」と話した。

 松戸市長からは「船橋の学童野球の子たちは今もすごくがんばっている。学童野球でがんばっていた人がこうしてプロになるというのは、子どもたちにとって夢のある現実的な目標になると思うので、子どもたちのためにもがんばってほしい」とエールを送った。

※この記事に記載の情報は取材日時点での情報となります。
変更になっている場合もございますので、おでかけの際には公式サイトで最新情報をご確認ください

  • 市に寄贈する色紙、ボールとつば九郎にサインをする木澤選手

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yumiko_mikami

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MyFuna編集長のミカミです。子育て中の主婦ですが、MyFunaを通し、自分が住む街を知ることの大切さに気づかせてもらっています。
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