2012年12月01日 配信
来なくていいって言ったのに、彼はやってきた。両手にはちきれそうになっているレジ袋をぶら下げて、「これ、差し入れ」って。
昨日から風邪をひいて寝込んでいた私は昨夜のデートを断った。咳は止まらず、熱も38度までに跳ね上がり一人さみしく寝ていると、ああ、誰かいてくれたらなと遠くに住む母を思い浮かべたのだった。
慌てる私を尻目に彼は「飯つくるからさ」と台所へ。普段は私が作るのを眺めているだけなのに、意外にもてきぱきレジ袋から食材を取り出した。野菜や牛乳に混じって、私のお気に入りの激辛ラーメンと酒のおつまみがたくさん。
「寝てていいよ」と言われても、時々聞こえてくる何かをこぼしたような音が気になってゆっくりしていられない。「何作っているの?」と聞くと「みそ味のすいとん」と彼。
彼のお母さんが風邪のときによく作ってもらったと聞いたことがある。食べたら風邪なんかすぐに良くなるって自慢していた。
テーブルの上に置かれたメモ紙には汚い字でレシピが書いてあった。お母さんに電話して聞いたのかな。
私はメモ紙についた小麦粉と味噌をさっとふき取ると、鍋の中に集中する彼の目を盗んで自分のポケットの中にしまった。
みその優しくて香ばしい香りが湯気と一緒に立ち上る。
「ねー今度いつ風邪をひく?」
彼は私の言葉に不思議そうな顔をした。
◇深澤 竜平
昭和52年、山梨県生まれ。
2006年、船橋市に転居し翌年から小説創作を開始する。
2011年 「応援席のピンチヒッター」にて「第23回船橋文学賞」文学賞を受賞。
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