2011年08月01日 配信

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扉の前に飾られた大きな盛り花からまっすぐに白百合の香りが届く。

文芸春秋画廊の受付に座って一時間、昨日までのくすみがちな心はすっかり消えて晴れやかな気分。

 

 

芳名録に筆ですらっと記帳を終えた男性が「亜紀、僕の初恋の人の名前と同じだ。なんだかどきどきするな」とカウンターのDMを見ながらつぶやくのを聞いた瞬間、説明しがたい高揚感が体を走る。

初老の紳士が通りすがりの画廊にふいっと立ち寄って、こんなセリフをさりげなく言うなんてやっぱり銀座だと嬉しくなってしまう。

 

 

友人が二年にいっぺん開く個展会場。定年になって時間ができたことを口実に手伝いを申し出た。本当のところは新しく展開し始めた日常に風を吹かせたかった。

 

 

日々目標を設定し評価を受け、日めくりの数の何倍もの出会いをくり返してきた三十数年もの勤め人稼業。

家事も子育ても介護も、人並みにその時間の中に織り込まれ乗り越えてきたけれど、それは一方に個として挑戦することの出来る職業的ステージがあったからだと思う。

 

 

ある日片方を失ってバランスを崩す。きっと大丈夫。そんなことにはならないと思い込んでいたのに、弥次郎兵衛はまっすぐ立てなくなりつつあった。

 

 

ヨーロッパを主題にした油絵展の会場にはもう似つかわしくない年齢に達したと、弱気になる自分を励ましての初日。紳士のセリフは救世主。

 

 

大急ぎで控室の友人に「今二階にいかれたお客様、初恋の人の名前があなたと同じなのですって」「あら、それならご挨拶しなくちゃあ」と軽やかにその客人を追って二階への階段を駆け上がってゆく彼女。

 

 

これだけは絶対ゆずれないと履きつづけているハイヒールの靴音が、華やいだ雰囲気に寄り添って会場を染める。

 

 

すこし気取って、背筋を伸ばして三日。画廊ライフは終わった。

 

 

【筆者プロフィール】
砂田 清子
山梨県出身
昭和50年船橋市に転居、同年 東京新聞ショッパー社 編集記者
53年春から東武百貨店船橋店勤務 広報主幹
平成9年 船橋市教育委員に就任 2期8年
県立学校改革推進プラン検討委員会委員 
船橋地域福祉 介護 医療福祉推進機構理事他 
著書に「素敵人生」「40代こころ風景97」「悩まないで考えて」
「僕 おじいちゃん大好き」

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