2015年09月01日 配信

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第三十三歩:二和東の「土手際」

新京成バスを「滝不動」で降りて二和小学校の方へ行くと、校地の南側に土手が続いていることがわかります。これは「下野牧御用地」を取り囲む「勢せ子こどて土手」の一部で、この土手の北側が「土手際」という小字です。
土手に沿って東へ歩いて行くと、今は住宅が増え、わかりづらくなっていますが、畑の様子をよく見ると、間口が狭く、奥行きのある地割になっています。これは、明治の初め、この地に設置された二和開墾会社が入植者に割り当てるために行った地割の跡です。
入植者の人たちは鍬や鎌を持ち、割り当てられた約七反の芝地を耕して畑に開いていったのですが、土手わきの耕地を意味するこの「土手際」にも何人もの入植者が思い思いに畑を耕していたに違いありません。
船橋市内には牧と村の境である土手の痕跡がいくつも残り、そういう場所では「木戸」という地名でよく知られています。このような土手地名は三咲地区に小字名として残っています。

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