ユキは、学校に行く前、おじいちゃんの部屋をのぞいてみた。おじいちゃんは、正月休みが終わっても、スクールガードに出ていない。西山のおばさんも心配して家まで来てくれた。
おじいちゃんは、ベッドの中から笑顔を見せた。
「そろそろ、小さい恋人たちに会いに行かないとね。さびしがっているだろう」
おじいちゃんの声に元気が出ていた。もうすぐ外に行けそうだ。手までふっている。
「無理しちゃあだめだよ」と、ユキは逆なことをわざと言った。
学校帰り、ユキの足はサザンカ公園に向かっていた。
「おじいちゃん、いるの?」
ユキはつぶやくように言った。カンツバキの紅い花が目に入っただけで、滑り台にもブランコにもだれもいない。ユキの頬を通り抜けて行った風は冷たかった。甲高い話し声が聞こえてくる。
「クイズおじさん、今日はいるかなあ」
「学校が始まったのにずっといないよね」
「もしかして、病気?」
公園の中まで入って探している子もいる。デカゴエがいつの間にかユキのそばにいた。
「のど飴、三つじゃあ、おじいちゃんは風邪に勝てなかった」
「え、おれのせいにするのか」
声がもっとでかくなった。ごめん、デカゴエ。なんだか、顔を見ると素直にありがとうと言えない。
「で、いつから、出て来る? 学校で、クイズおじさん、死んだ、なんて言うやつもいるぞ」
「ばかあー。そんな訳ないでしょう。明日には出てくるよ」
ユキは思わずデカゴエに負けないぐらいの大声を出した。デカゴエは目をパチクリさせている。
帰り道、デカゴエのことばが耳から離れて行かない。どこからか聞こえてきた救急車のサイレンが、ユキの足を急がせた。
ただいまあと、言う声が家の中に沈んでいる。
【筆者プロフィール】
北澤朔(きたざわはじめ)
山形県鶴岡市出身、船橋市在住
1992年『自転車』で第四回船橋市文学賞受賞
著書/『見つめる窓辺』(文芸社)
『黄色い』(日本文学館)
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