2011年01月01日 配信

意富比神社 船橋大神宮

(千葉県船橋市宮本5-2-1 TEL047-424-2333)

参拝者数約6万人

 船橋大神宮の縁起は、皇子日本武尊が東征の折、船橋湊郷にて東国平定の目的成就を祈願したことが創建とされている。当時住民は、日照りに悩まされていたが尊が併せて祈雨を念じるとたちまち雨が降り土地が潤ったとされている。
 その後、尊の事績に驚嘆した景行天皇が『意富比神社』の御社号を与えた。以来、朝廷・将軍家などから崇敬が篤くなり清和天皇の貞観年間には勅願の使者が天下泰平・五穀豊穣の祈念に訪れ、後冷泉天皇の天喜年間には源頼義・義家が修造。また、仁平年間には船橋六郷の地に寄附の院宣が与えられた。
 鎌倉時代には日蓮上人が篤く崇敬、自己の宗旨興隆発展の為、断食祈願の上、自筆の曼陀羅と剣を奉納した。
 さらに、徳川家康公は社領を寄進、伊那備前守忠次を奉行として摂末社を造営した。以後、徳川15代にわたる間、各々に50石の録高を献納されてきた。更に、明治天皇は習志野練兵場、三里塚御料牧場への道程、勅使を以って幣帛料を納めたという。

※参拝者数のデータは集計方法がそれぞれ異なります。

あくまで目安としてご利用下さい。

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主祭神は天照皇大神。配祀に万幡豊秋津姫命・天手力雄命。

徳川将軍家の家康公、秀忠公も合祀されている。

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【奉納子供相撲】

家康公が鷹狩りの際に漁師町の子供相撲を賞したことから

はじまった由緒ある相撲大会

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【酉の市】

毎年12月1日に行われる酉の市

【船橋大神宮灯明台】

県指定の有形民俗文化財となっている

灯明台。成人の日に門出を祝して点灯される

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    【船橋大神宮の年間行事】

御瀧不動尊金蔵寺

住所/千葉県船橋市金杉6-25-1 ☎047-448-2833

参拝者数約5万人

 御瀧山金蔵寺は、応永30年(1423年/室町時代)能勝阿邪梨によって創建されたという。
 縁起によると、連日夜を照らすほどの神々しい光を発したため、住民は畏れたという。そこで、能勝阿邪梨が護摩を修したところ、夢枕に円仁(平安時代初期の天台宗の僧、最澄の弟子)があらわれ、「私が心をこめて刻んだ不動尊がこの地に埋まっている」と告げられたという。
 早速、金杉の村人の協力を得てその場所を掘ると等身大の木像があらわれ、跡から水が湧き出し瀧になったという。尊像を瀧水で清め供養したところ付近の疫病が鎮まったという。
 江戸時代に入ると幕府の直轄地に定められ、居住が禁止されたが2月28日の『初不動草競馬』と8月28日の『開山基』のみ入山が許されたという。その間も瀧は湧き溢れ続け船橋の中心を流れる海老川の源流として、病魔・断病として今も飲料として重宝されている。

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御不動様が奉られている本堂
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弘法太師が奉られている太師堂。
隣の建物は『コミュニティホール遊智庵』。
個展や写真展などに無料で貸し出している
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【海老川の源流】
二和三咲(印旛沼)と海老川との

分水嶺にあたるという

御瀧不動海老川の源流

【鹿の放牧】
約600坪の広大な敷地に

鹿が放牧されている。

その周辺には紅葉も楽しめる散歩道が

設置されている

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【御滝の池】

御瀧不動尊創建から未だ枯れたことの

ない湧き水からなる池

【獅 子】
正月には連日獅子が舞を披露する
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  【御瀧不動尊の年間行事】

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二宮神社

(住所/千葉県船橋市三山5-20-1 TEL047-472-1213)

参拝者数 約8万人

 二宮神社の創立は、弘仁年間(810~823年)で嵯峨天皇の勅創により創建されたと伝えられている。また、延喜5年(905年)に編纂された『延喜式』の『神名帳』にある『千葉郡二座(並小)』の一座である『寒川神社』であったとされている。 二宮神社を代表する『三山の七年祭』の起源は、文安2年(1445年)幕張に馬加城があり、その城主が馬加陸奥守康胤の(1445年)頃に奥方が懐妊し、臨月になっても出産の気配がなかったので城主が心配し、三山村二宮神社、畑村子安神社、馬加村子守神社、武石村三代王神社の各神社神職に命じ、安産祈願を行い無事出産された。産後、領地の村々にお触れを出し祭を行ったとされている。なお、昔に遡り、常胤の奥方の出産が遅れ安産祈願を行ったのが始まりとの説もある。その昔は毎年行われていたと考えられているが、享保12年からは現在のように丑年と未年に行われるようになったという。

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建速須佐之男命を祀った本殿
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五穀豊穣の願いを込めて演じられる神楽は、

船橋市無形民俗文化財の指定をうけている

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【下総三山の七年祭り】
近隣の9社とともに行われる七年に

一度の大祭。写真は2009年の

大祭の模様

数えで七年に一度の

大祭が行われる神社

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   【二宮神社の年間行事】

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