2012年10月01日 配信

あーどうしてこんな場所を選んでしまったのか……。

放課後の体育館の裏とはいえ、背の高さほどの植込みを挟んだ遊歩道から聞こえる声が、夏の間うるさいくらいに鳴っていた蝉の声を思い出させた。

「なーに、話って?」

何か勘付いた様子の君はいたずらっぽく笑った。その顔はあの頃とちっとも変らない。僕らがもっとずっと幼かったころのまま。こうやってお互い向き合って話すのはいつ以来だろう。

「あのさ……だからさ」

言葉は喉まで来ているのに、出てこない。

君には好きな人がいると噂で聞いた。その人と付き合っているらしいってことも。 たぶん、っていうか……絶対だめだろう。でも、
なんていうか、あきらめきれない。

僕の言葉を急かすように吹いた風に乗って、甘くて強い香りが僕らを包んだ。

植込みにはキンモクセイの小さな黄色い花が咲いていた。

「ねぇ、キンモクセイの花言葉って知っている?」

「さぁ」

「『謙虚』だってさ。でもさぁ、ぜんぜん謙虚じゃないよね。こんなに小さい花なのに強い匂いをだしてさ、町中を匂いで満たそうとしているみたい。でもそういうの、嫌いじゃないけどさぁ」と君はまた笑った。

僕らの間を通り抜けた風は少し冷めた甘い香りだけを残していった。

キンモクセイにはもうひとつ、『はつ恋』という花言葉あることを知ったのはずいぶん後のことだ。

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◇深澤 竜平
昭和52年、山梨県生まれ。

2006年、船橋市に転居し翌年から小説創作を開始する。

2011年 「応援席のピンチヒッター」にて「第23回船橋文学賞」文学賞を受賞。

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