2011年10月01日 配信

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  小学校二年生になる娘が突然髪の毛を切りたいと言い出した。小学校に上がる前から伸ばし始めてやっと肩の下まできたというのに。「だって暑いんだもん」秋も深まり、風もぐっと冷たくなったこの時期にそんな言い訳は通用しない。わかっている。パパのせいだよね……
見てくれは悪いけれど料理も必死で覚えた。洗濯だって洗剤のほかにいい香りの柔軟剤を入れている。でも、髪の毛を結ってやることだけがどうしてもうまくいかない。
毎朝三十分早く起こしたけれどいつも遅刻ぎりぎり。おさげにすれば左右が違う長さになってしまう。髪の毛をくしにひっかけて痛い思いをさせることもあった。でも娘は文句ひとつ言わなかった。
美容院から出てきた娘は短くなった髪から小さな耳をのぞかせていた。
―良く似合っているよ……

嘘じゃない。この一言でよかったのに、何も言えなかった。娘は風が吹くたびに寒そうに両肩を上げた。
「ごめん……な」やっと、声になった。
娘は首を振って言った。
「伸びたら、また結ってね、パパ」

もう一度風が吹いた。風に乗ってどこからか笛のような音が聞こえた。

「あ、焼き芋だ。パパ、焼き芋買って帰ろう」

娘は思いがけない強い力で僕の手を引いた。

【筆者プロフィール】

深澤 竜平
昭和52年、山梨県生まれ。
2006年、船橋市に転居し翌年から小説創作を開始する。
2011年 「応援席のピンチヒッター」にて
「第23回船橋文学賞」文学賞を受賞。

※この記事に記載の情報は取材日時点での情報となります。
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