2016年07月02日 配信

7/2(土)「広報ふなばし」投稿欄選者が「迢空賞」受賞

歌人・大島史洋さんが短歌界の最高賞に輝く

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市長と大島史洋さん  

 船橋市文芸賞の短歌部門の選者である大島史洋(しよう)さん(71)が6月28日、短歌界の最高賞である「迢空(ちょうくう)賞」受賞を報告するため、船橋市役所を訪れた。

 大島さんは、船橋市文芸賞の短歌部門の選者を1988年の第1回から。「広報ふなばし」の市民投稿欄「ふなばし文芸」の短歌部門の選者を2004年から務めている。

  

 受賞作品は歌集「ふくろう」(2015年3月短歌研究社刊)。2009年から2013年の間に月刊誌「短歌研究」に発表した作品を中心に約400首がおさめられている。故郷である中津川市で暮らす高齢の父と、一緒に暮らし父を介護する兄のことを歌ったものが多く含まれる。

 今回受賞した「迢空賞」は角川文化振興財団が短歌・俳句界の最高業績を称える短歌部門の大賞(1967年~1975年は角川書店主催)。今年で第50回目となる。贈呈式と祝賀会が6月22日に都内のホテルメトロポリタンエドモントで行われた。

 大島さんは、「50年以上短歌を作ってきて、とてもうれしい」と受賞の喜びを話した。松戸市長は、「すばらしい先生に短歌を選んでいただき、市民の大きなはりあいとなる」と称賛の言葉を贈った。大島さんは、10~20代のころに詠んだ歌をおさめた「藍を走るべし」(新星書房刊)の最新版(2012年現代短歌社第1歌集文庫刊)を市長にプレゼント。

 大島さんが短歌を始めたのは中学3年生の時。当時、短歌の授業があり、つづり方教育が盛んだった土地柄(現在の岐阜県中津川市)で、父が正岡子規が主催した短歌結社の機関誌「アララギ」の歌人であったことも影響しているという。

 高校卒業後、慶應義塾大学文学部、早稲田大学大学院修了後は小学館に勤務。定年まで勤める傍ら、歌人としての活動を続けてきた。現在は、歌誌「未来」の選者・運営委員長。兄の大島一洋さんは、マガジンハウスの元編集長。

 短歌を投稿する市民に「短歌とは愚痴や恨みを書くものではない。そういったことを書くと心に定着してしまうので気をつけたほうがよい。苦難の生涯を送った伊藤佐千夫(歌人・作家)もそのようなことは決して書いていない」と大島さん。

 大島さんは習志野市に住み35年。「船橋は春になると寒緋桜を見に毎年来る。太宰治ゆかりの地を巡るのも楽しい」と話した。

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受賞作「ふくろう」を持つ大島史洋さん  
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