2010年11月17日 配信

11/17(水)船橋市倫理法人会モーニングセミナー/船橋市倫理法人会

商工会議所会頭が語る

船橋市商業発展の知られざる真実

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 船橋市内に三単会存在する倫理法人会の中でももっとも古くから組織されている船橋市倫理法人会が主催する朝の勉強会(会場/三井ガーデンホテル船橋ららぽーと)で船橋商工会議所会頭の伊藤賢二氏が「船橋あれこれ」と題したテーマで講演を行った。

 

 伊藤氏の経営する会社、株式会社伊藤楽器は今年で創業103年を迎える老舗企業(当時は伊藤時計店)。古くから本町通り(現在スクランブル交差点のある場所)で時計店を経営してきた。時代の流れとともに同じくゼンマイを動力源とする『蓄音機』を取り扱うようになり自然に『レコード盤』の商いが始まったという。音楽を扱うようになった伊藤時計店は、楽器販売に力をいれその後に現在の社名を名乗るようになったという。

 

 昭和30年ごろ、現在のららぽーとがある辺りは見渡す限りの海岸。ここを埋め立て開発する計画が立ち上がった。開発の途中、ガスが出たことから船橋ヘルスセンターを建設。「チョチョンのパ」で知られるCMがラジオを通じ全国的な流行を生み出す。

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 その頃、船橋市の中心市街地は大火に見舞われ壊滅的な大打撃をこうむった。めげることなく、まだ当時珍しかった150店舗以上からなる耐火建築の商店街に建て直し、再建を図った。

 昭和35年になると西武百貨店が出店。全国に先駆け地下商店街『パール地下街』が誕生した。あとを追うように船橋駅北口が開発され東武百貨店も出店中心市街地は一気に活気付いた。

 

 昭和45年になるとららぽーとの建設が始まった。駐車場5000台、専門店180店舗、そごう、ダイエーを両脇に配した壮大なショッピングセンターは昭和50年代中頃に完成した。当時の浜町付近は寂れた漁師町。普段、犬や猫くらいしか歩いていないような状況だったことから週刊誌には「ぺんぺん草が生えるような場所」と評されたと言う。周囲の目はららぽーとOPENに対して懐疑的だったという。

 大雨の降りしきる中ららぽーとはOPEN初日を迎える。初日の来客は10万人を記録。関係者はみんなで大泣きしたのだという。

 

 ららぽーと盛況のあおりを受け本町通り商店街の人通りは激減する。中心街に相次いで建設されたスクエア21ビル、FACEビル、ライブ2000ビルの集客力で中心街は活気を取り戻す。それまでに、中心市街地にマンションを誘致し人を集めた結果が集客力のある施設の登場ではっきりと出てきたのだ。現在、本町通り商店街には六本木や赤坂に本部を構える美容室が相次いで出店。今尚、人通りが増え続けているのだ。

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