2016年09月06日 配信

9/6(火)戦時中の中山競馬場の馬500頭の悲話を上演

「いちかわ市民ミュージカル」が熱演

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競馬場の新しい楽しみ  

市川市文化会館大ホールで第二次世界大戦中に中山競馬場(船橋市古作1-1-1)に集められた500頭の馬の悲劇の物語「夏の光2016~空に消えた馬へ~」(作・作詞・演出 吉原廣)を上演、「いちかわ市民ミュージカル」が9月4日に熱演した。

「いちかわ市民ミュージカル」は市民が自主的に運営している芸術文化活動で2002年の初演以来市川を舞台とした話をテーマに2年に1度公演を行っている。

「夏の光」は2006年に次ぐ2度目の公演。キャストは公募で集まったノンプロの幼児から70代までの約150人。市川市民のほかに船橋、松戸など近隣や東京、神奈川からも集まる。

「夏の光2016~空に消えた馬へ~」のあらすじは、「陸軍軍医学校中山出張所」が配備され閉鎖された第2次世界大戦中に遡る。

全国から集められた500頭の馬が「ガス壊疽菌ワクチン」を製造するために生きたまま血液の全量を抜かれ、苦しみながら死んでいったという実話を元に脚色されている。ワクチンは陸軍の命令で、本土決戦にそなえて大勢の兵士の命を救うために製造されたという。

馬は当時農耕や輸送に欠かせないものだった。全国から「お国のために」と供出された馬500頭の血液採取を命ぜられたのは、未成年の市川中学校(現:市川学園高校)、船橋中学校(現:県立船橋高校)、船橋高女(現:東洋高校)ら勤労動員。

ミュージカルの舞台は現代。80歳の元血清研究所技師(架空の人物)が10歳の時に愛馬「朝風」を供出したころを回想する。同ミュージカルではすべての命に感謝し平和を賛美。また今も行われている世界中の戦争をなくそうというメッセージが込められている。

戦時中の馬の全量採血は終戦の1945年8月15日まで行われた。戦後、血清製造所としての役目を終えた中山競馬場は1947年には競馬場を再開。 血清製造所はミュージカルの主人公が勤めていた「千葉県血清研究所」と名を改め、市川市国府台2丁目に移転したが2003年に閉鎖。

その敷地に明治時代の歴史的に貴重な「赤レンガ建築物」があるが廃墟と化している。今年1月に大久保博市川市長がその保存を所有者である県に要望していくと表明。市民からも活用を求める声が高まっているという。

「いちかわ市民ミュージカル」実行委員会の松藤恒夫さんは、「中山競馬場の500頭の馬の話は市川であまり知られていなかった。それを新聞記事で知ったメンバーの提案でこのミュージカルができた。
演じることを通じ、子どもたちは戦争はいけないものだと肌で感じたようだ。今年7月には当時馬の採血を行った方を招いて、体験談を話していただき、子ども たちも積極的に質問していた。出演者は三世代に渡る。交流を通して世代間のギャップをなくし、市民が芸術文化活動を通して元気で笑いのある町づくりができ れば」と話した。

6歳の長女と一緒に出演した矢作さんは「馬のことは知らなかった。子どもはミュージカル出演で戦争に興味を持ち、夏休みに親子で勉強した。老若男女や障害のある人が同じ土俵に立って活動できたのは貴重な体験。週1~2回の練習はハードだったが得たものは大きい」と話す。

市川市在住、70代の新村さんは「今の情勢に合わせたストーリーで、表現も素晴らしかった。市川を誇らしく思う」と。また船橋市在住の40代の女性は「馬のことは知らなかった。船橋や市川での悲惨な戦争体験を語り継いでいけたら思う」と話した。

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プロローグ コミカルな場面も
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全国から集められた馬たち  

 

 

 

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