2014年06月01日 配信

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建築に刻まれた、船橋の「街」の歴史

江戸以来、湊町としてにぎわい、また街道の宿場町として発展してきた船橋市。その長い歴史を反映して、市内には街の記憶・暮らしの記憶を伝える古い民家や医院、商店などの建物が今も点在している。

しかし、戦後の急速な都市化や建物の建築材料・建築方式が変化してきた事により、こうした資源は失われ、あるいは市街地に埋もれつつある。「街の成り立ちを表わした景観特性として、守っていく事が求められているのではないでしょうか?」と、高木さん。
建物の歴史を知る事で、また違った角度からで見られるのではないだろうか?

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◆[江戸]森田呉服店

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△創業140年森田呉服店

◆2度の大地震を経験した創業140年の老舗
船橋駅南口から徒歩8分、本町通り商店街に江戸時代から続く情緒あふれる建物の老舗呉服店。明治5年(1872年)に建てられた同店は、関東大震災(1923年)、東日本大震災(2011年)の2度にわたる大地震にも耐え、屋根瓦も当時の瓦を使い、補強工事のみで今も店の屋根を守っている。
レトロな雰囲気の店内は広く、4代目から「140年前に建てられた店舗で店内に柱がない造りは珍しい」と聞いていたという5代目店主の森田雅巳さん。「柱がないおかげで店内のレイアウトがしやすく、たくさんの商品がおけて助かっています」と語る。常時400種類置いてあるという色とりどりの手拭・着物・和装小物は見やすくディスプレイされ、ふと足を止めてみたくなる。種類が豊富な手拭は外国人観光客のお土産にも喜ばれているという。

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◆[明治]東葉高校正門


△造りなどから、明治時代中期の建造物と推測されている

◆鮮やかな木々の緑の中に重厚な門構えが映える
平成12年11月に、国指定登録有形文化財となった東葉門。江戸幕末期に上飯山満村の名主惣代を務めていた近藤四郎左衛門の屋敷の長家門として使われていたもので、現在は東葉高等学校の正門として使われている。船橋市宮本に校舎があった東葉高等学校が、以前からグランドとして使っていた屋敷跡に校舎を移転した際、長家門の土台などを補正、化粧直しなども施して正門として使用している。
上飯山満村は小金五牧と称する幕府直轄の牧場に接しており、近藤四郎左衛門は牧士にも任じられていた。牧士は帯刀、乗馬、鉄砲所持が許される武士階級の身分が約束され、村人からは殿様と呼ばれるほど財力を保持していた。それゆえ屋敷は広大で、入口だった長家門は正面幅が2.06m、奥行きが4.6mと長大。
門に掲げられている「東葉門」の扁額は、日本書壇の大家小暮青風氏の遺作になったもので、刻は那須大卿氏である。

◆[大正]陸上自衛隊習志野駐屯地 空挺館


△御馬見所跡地として現在も残されている「空挺館」

◆鮮やかな木々の緑の中に重厚な門構えが映える
空挺館の歴史は古く、東京都目黒区駒場に陸軍騎兵実施学校が置かれていた頃、卒業式や演習等を天覧されていた天皇のため、明治44年に「御馬見所」が建設された。
大正5年に陸軍騎兵実施学校が習志野原へ移転された際に、御馬見所も移設され、高官や外国貴賓接客用の施設として使用されていたこともあった。当時は輸送手段が馬か鉄道に限られていたため、土台部分や支柱の一部を輸送することができず、御馬見所跡地として現在も残されている。
バルコニーが特徴的なコロニアル様式による建築で、各階の天井が非常に高く、2階建てにも関わらず、外観の高さは15m以上もある。正面の扉はそれぞれ一枚板で作られており、これほど大きな一枚板は現在では希少。天井の模様は、和紙を何枚も重ねて凹凸をつけたものなど、当時では珍しい材料・建築方法などが用いられている。平成23年に建設100周年を迎え、老朽化に伴う大規模な改修工事が行われ、白亜の姿を取り戻し、気品と風格も蘇った。

◆[昭和]高根台団地


△現在の高根台団地の様子

◆進む団地再生!新旧が同居する街並み
昭和47年に総武快速線が開通、その後京葉線・東葉高速鉄道などが次々と開通したことで、船橋の交通網は充実していった。また、交通網の充実に伴い、市内には夏見台・若松・高根台・行田・芝山の公団団地、民間団地の造成が盛んに行われた。当時は設備なども最先端だったが、市内各団地ともにその老朽化や間取りなど住宅規模においの不具合が生じ、現在では随時建て替えが進められている。
高根台団地は昭和36年に建設。日本都市計画学会石川賞を受賞した建築士、津端修一氏による設計で、地形を活かしたポイントハウスやテラスハウスの絶妙な配置がとられていることでも有名だ。現在は段階的に建て替えが進められ、民間団体を誘致することで、病院や保育園、福祉施設に戸建てエリアもある。ニーズに合わせたひとつの街として機能するエリアになってきている。若い人が入ってくることにより商業施設なども増え、街が活性化して老若男女が集うという好循環により、かつての活気を取り戻しつつある。

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