2012年09月01日 配信

わたしはさっちゃん。

ほんとの名前は知らない。

ちっちゃくないし、実はいい歳だし、バナ ナだって一本丸ごと食べられる。ちなみに私がいつも抱っこをしているのは弟の福太郎。といっても、あの薬局さんとは関係ないのよ。

ずいぶん長いこと同じ場所に立っていると、いつの間にかみんなが私を目印にするの。
わたしったらそんなに派手かしら?

デートの前に彼女をそわそわしながら待つ男の人も、両手に傘をぶら下げてお父さんの帰りを待つ男の子もみんな私の前に立っていた。

時には小さな女の子が泣きながらわたしの前にやってきた。体を震わせてポロポロと涙を流していたの。「どうしたの?」って声をかければよかったけど、わたしったらこの通り無口でしょ。泣かないでって願うことしかできなかった。するとしばらくしてお母さんがやってきて、その子はやっと泣きやんだ。もしも迷子になったらここに来てね、ってお母さんと約束していたんだね。その子はお母さんに聞こえないくらいの声で「さっちゃん、ありがとう」って言ってくれたの。
わたしなんか何もしていないのに……

でも最近はわたしの前で誰かを待っている人が少なくなった。携帯電話ってやつね。あれがあれば迷子になっても安心だし、同じ場所でずっと待っていなくても済むもの。便利な世の中になったものね。

あーそれにしてもウチのお父さんはまだかなぁ?

今日のおみやげはなんだろうね、福太郎。

◇深澤 竜平
昭和52年、山梨県生まれ。

2006年、船橋市に転居し翌年から小説創作を開始する。

2011年 「応援席のピンチヒッター」にて「第23回船橋文学賞」文学賞を受賞。

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