君が思うより僕はそのヒトのことをよく知っている。
駅前の小さなお弁当屋さんをやっていて、君よりずっと背が高くて優しいヒト。
君はそのヒトが作るお弁当が大好きで毎日のように通っていたね。から揚げが最高においしいって君は喜んで食べていた。
でもそのヒトが我が家にお弁当をつくりにやってきた時はびっくりしたな。
そのヒトが現れてから僕は留守番をすることが多くなった。
体を休めるにはよかったけれどちょっと心配だったよ。
だってそのヒトは君を連れて歩くのがへたくそだったから。
君より早く歩くから君は大変そうだったし、足元を注意していないから君がつまづいてしまったこともあった。
これからは僕を見てよーく勉強したまえ!!
でないと一緒に歩かせてあげないんだから。
でもそのヒトは僕らが歩いてはいけない遠いところへ連れて行ってくれた。
初めて海に連れて行ってもらった時はうれしかったな。
潮の匂いがするって言って、君は鼻の穴を大きく膨らませた。
その顔がとってもかわいかったからよく覚えているよ。
その時、そのヒトが君の耳に向かって何かをささやいた。
君の目からはまた涙がいくつもこぼれ落ちた。
でも顔はにっこり笑って、なんどもうなずいていた。
僕はそのヒトがうらやましかった。
君のそんな顔をこれから先も一番近くで見ていられるから。
一生君を守っていけるから。
◇深澤 竜平
昭和52年、山梨県生まれ。
2006年、船橋市に転居し翌年から小説創作を開始する。
2011年 「応援席のピンチヒッター」にて「第23回船橋文学賞」文学賞を受賞。
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