2010年11月01日 配信

ユキのお父さんが五年生ごろの話。

同級生にひどいドモリの子がいた。からかい半分にまねをしていると、自分もドモリになってしまった。友達の前ではうまく話せない。「きのうね……」の、きが出てこない。のどがしめつけられる。無理に言おうとすれば、「き、き、きのう」という具合。友だちに笑われた。でも、一人なら平気だ。独り言がふえる。北上マサル(お父さんの名前)は、ぶつぶつ言う気味の悪いやつということに。

困ったことがあった。外で近所の人に会ったときだ。両親からあいさつについてはうるさく言われていた。仕方がないので、道先で人影が見えたら、回れ右をしたり、横道に入ったりして逃げる。運悪く人に出会ってしまったら、頭だけは目立つように下げる。目はあわせないように気をつける。そのうち面倒くさくなって、すれ違っても気がつかないふりをした。すごく気楽になった。

ある日、とうとうばれてしまった。お母さんが(なくなったおばあちゃん)「お宅のマサル君はこのごろあいさつしませんね」と誰かに言われたらしい。早速両親の前に呼ばれる。

「あいさつをしないと、つながりを持たない人間になる」
お父さん(おじいちゃんのこと)の話はピンと来なかった。確かに友だちはへっていた。ドモリのことを正直に言うと、お父さんはすこし考えていた。

「マサル、人に会ったら目をつぶれ。それからゆっくり声を出してみろ」

お父さんの言ったことは嘘ではなかった。

「すごいね、おじいちゃん。お父さんを救った」

お兄ちゃんの声が上ずっている。ユキも胸が熱くなった。

「待ってやらないといけないね。あいさつしない子にも何か訳があるのだろう」

 おじいちゃんは、遠くを見るように言った。

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【筆者プロフィール】
北澤朔(きたざわはじめ)
山形県鶴岡市出身、船橋市在住
1992年『自転車』で第四回船橋市文学賞受賞 
著書/『見つめる窓辺』(文芸社)
『黄色い』(日本文学館)

※この記事に記載の情報は取材日時点での情報となります。
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