十月はじめ。
夜の九時近く、ユキは家族とテレビを見ていた。でも、おじいちゃんだけいない。
いつの間にか、さえない顔つきのおじいちゃんがリビングの入口に立っていた。
「おじいちゃん、ここに来て」
おじいちゃんはユキのとなりに腰をおろした。何も言わない。画面も見ていない。何か考えているようだ。ユキは少し心配になった。
「おじいちゃん、何か話があるの?」
のぞきこむようにユキが言うと、おじいちゃんはゆっくりと口を開いた。
「下校のときに、あいさつを絶対にしない子がいるね」
すぐに一人の顔が浮かんだ。西山のおばさんに聞いたことがある。「声をかけても、顔色ひとつ変えないのよ」と、言っていたあの子か。色白で目に輝きがない、五年生の女の子だ。
「かっこつけているだけだよ。いつもすましているので有名」と、お兄ちゃん。
「はずかしいのかしら」と、お母さん。
「あいさつができない子は大人になってもだめ。心が閉じているからな」
と、お父さん。
おじいちゃんがユキを見ている。
「うーん」
「それが、答えか」
と、お兄ちゃんがユキをつっつく。ここでお返しをすればケンカが始まる。ぐっとこらえた。
「あいさつする気持ちがどっかに行ってしまって……」
途中でお兄ちゃんが笑いだした。お父さんが叱りつけるより、おじいちゃんの一言の方がはやかった。
「ユキの言う通りかも」
「ユキは適当に言っただけ」と、またお兄ちゃん。
おじいちゃんは何か思い当たったような顔をした。「そうだったなあ」と、言いながらうなずいている。
「おじいちゃん、私、訳がわからない」
おじいちゃんは、にっこり笑って、お父さんを指さした。全員の目が、てれくさそうなお父さんに集まった。
【筆者プロフィール】
北澤朔(きたざわはじめ)
山形県鶴岡市出身、船橋市在住
1992年『自転車』で第四回船橋市文学賞受賞
著書/『見つめる窓辺』(文芸社)
『黄色い』(日本文学館)
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