空き地のあちこちに、桜の花びらが残雪のように広がっている。ユキは、小学三年になっても、フェンスでかこまれた空き地までくると急ぎ足になる。夏ごろには、のびた草は子どもたちをかくしてしまう。
少し歩くと、黄緑色のぼうしと黄色の腕章わんしょうが見えてくる。スクールガードの花山さんだ。下校時間になると、ユキたち小学生を毎日見守ってくれる。でも、今日はつぶれかけた缶コーヒーがころがっているだけ。「おじいちゃん、どうしている?」などとかならず声をかけてくれる。ちょっとおしゃべりなおばさんだけど、ユキは好きだ。七十歳を前に急になくなったおばあちゃんと早口なところがそっくり。めずらしいなあ、花山のおばさん。ぐあいでも悪いのかな?
だれもいないダイニングルームに向かって、ユキは「ただいま」と言う。「おかえり、ユキちゃん」。おばあちゃんの元気な声が今でも耳にのこっている。となり部屋のドアをノックする。
「おじいちゃん、ただいま」
いつもの「ああ」と言うしゃがれ声が返ってこない。もう一度ノック。
「おじいちゃん、はいるよ」
テレビの画面はまっ黒。ベッドの上でグレーのトレーナーがバンザイをしていた。おばあちゃんがいなくなってからは、花見にも行かなくなったおじいちゃん。スーパーマーケットもだめなのに?
お母さんに電話…。でも、パートでレジの前に立っているし、お兄ちゃんはサッカー。目覚まし時計は四時半をすぎた。
【筆者プロフィール】
北澤朔(きたざわはじめ)
山形県鶴岡市出身、船橋市在住
1992年『自転車』で第四回船橋市文学賞受賞
著書/『見つめる窓辺』(文芸社)
『黄色い』(日本文学館)
※この記事に記載の情報は取材日時点での情報となります。
変更になっている場合もございますので、おでかけの際には公式サイトで最新情報をご確認ください