2016年01月01日 配信

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第三十七歩:東金道南

JR津田沼駅北口から駅前通を真っすぐ行くと、津田沼駅前十字路(写真①)で、そこに左右に延びる道が東金街道です。西から来る道の北側が「東金道北」、南側が「東金道南」です。市内の小字で「東金道」という地名を残すのはここだけです。
「東金道」とは慶長19年(1614)に徳川家康の命令で開かれた船橋から東金までの道路で、周辺各村から人夫を動員して分担させ、短期間で造成したようです。記録では、この辺りは飯山満・藤崎・三山の村々が関わったと思われます。そのころは谷底には水田がありましたが、両側は芝地と松林が続いていたことでしょう。徳川将軍がこの道を使って東金に行ったのはそれほど頻繁ではなく三代将軍まで数回です。他に幕府の鷹匠組が利用したようですが、周辺の村々はそのたびに道路の整備を行いました。またこの道は東総方面から江戸をつなぐ、産業道路となっていきました。延宝元年(1673)、上東野・天野両氏によって「前原新田」が開かれ、佐倉街道もここにつなげられ、今の「成田街道入口」ができたようです。そのような歴史から「御成街道」と呼ばれる場合があります。

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