2014年11月01日 配信

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第二十三歩:海老川橋

JR船橋駅から本町通りに来て、東に進むと「海老川橋」があります。「船橋地名発祥の地」の碑と船橋の昔を語るレリーフが欄干にはめ込まれ、橋の中央部には五大力船の船首が川面に張り出しています。
海老川はかつて幅三〇〇メートルもある広い水路で、上流の「夏見入江」につながっていました。現在「船橋御殿」と呼ばれる処と、上流の「城ノ腰」(現船橋地方卸売市場の一部)は砦の跡であったようです。湾北部の重要な「津」として海上交通も盛んであり、大きな寺もあって、想像以上ににぎやかな場所だったのではないでしょうか。そして、干満の差が2メートル近くもあるこの水路に船の橋があり、「船橋」という地名が生まれたのでしょう。
徳川家康の命令で東金街道が開かれることになったのは慶長19年の末。海水面の低下で大型船の出入りが困難になり港の機能が少なくなった海老川は、西岸を埋め立てられ、橋が架けられました。これが今につながる海老川橋で、江戸時代は反橋であったようです。

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